》に本来の面目に逢着《ほうちゃく》せしむるの微意にほかならぬ。
 悲劇は喜劇より偉大である。これを説明して死は万障を封ずるが故に偉大だと云うものがある。取り返しがつかぬ運命の底に陥《おちい》って、出て来ぬから偉大だと云うのは、流るる水が逝《ゆ》いて帰らぬ故に偉大だと云うと一般である。運命は単に最終結を告ぐるがためにのみ偉大にはならぬ。忽然《こつぜん》として生を変じて死となすが故に偉大なのである。忘れたる死を不用意の際に点出するから偉大なのである。ふざけたるものが急に襟《えり》を正すから偉大なのである。襟を正して道義の必要を今更のごとく感ずるから偉大なのである。人生の第一義は道義にありとの命題を脳裏《のうり》に樹立するが故《ゆえ》に偉大なのである。道義の運行は悲劇に際会して始めて渋滞《じゅうたい》せざるが故に偉大なのである。道義の実践はこれを人に望む事|切《せつ》なるにもかかわらず、われのもっとも難《かた》しとするところである。悲劇は個人をしてこの実践をあえてせしむるがために偉大である。道義の実践は他人にもっとも便宜《べんぎ》にして、自己にもっとも不利益である。人々《にんにん》力をここに
前へ 次へ
全488ページ中484ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング