き》もない。敷布団は厚い郡内《ぐんない》を二枚重ねたらしい。塵《ちり》さえ立たぬ敷布《シート》を滑《なめら》かに敷き詰めた下から、粗《あら》い格子《こうし》の黄と焦茶《こげちゃ》が一本ずつ見える。
 変らぬものは黒髪である。紫《むらさき》の絹紐《リボン》は取って捨てた。有るたけは、有るに任せて枕に乱した。今日《きょう》までの浮世と思う母は、櫛《くし》の歯も入れてやらぬと見える。乱るる髪は、純白《まっしろ》な敷布《シート》にこぼれて、小夜着《こよぎ》の襟《えり》の天鵞絨《びろうど》に連《つら》なる。その中に仰向《あおむ》けた顔がある。昨日《きのう》の肉をそのままに、ただ色が違う。眉は依然として濃い。眼はさっき母が眠らした。眠るまで母は丹念に撫《さす》ったのである。――顔よりほかは見えぬ。
 敷布の上に時計がある。濃《こまやか》に刻んだ七子《ななこ》は無惨《むざん》に潰《つぶ》れてしまった。鎖だけはたしかである。ぐるぐると両蓋《りょうぶた》の縁《ふち》を巻いて、黄金《こがね》の光を五分《ごぶ》ごとに曲折する真中に、柘榴珠《ざくろだま》が、へしゃげた蓋の眼《まなこ》のごとく乗っている。
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