拶《あいさつ》すら返す事を屑《いさぎよし》とせぬ。高い背を高く反《そ》らして、屹《きっ》と部屋のなかを見廻した。見廻した眼は、最後に小野さんに至って、ぐさりと刺さった。小夜子は背広《せびろ》の肩にかくれた。宗近君はぬっと立った。呑み掛けの煙草を、青葡萄《あおぶどう》の灰皿に放《ほう》り込む。
「藤尾さん。小野さんは新橋へ行かなかったよ」
「あなたに用はありません。――小野さん。なぜいらっしゃらなかったんです」
「行っては済まん事になりました」
小野さんの句切りは例になく明暸《めいりょう》であった。稲妻《いなずま》ははたはたとクレオパトラの眸《ひとみ》から飛ぶ。何を猪子才《ちょこざい》なと小野さんの額を射た。
「約束を守らなければ、説明が要《い》ります」
「約束を守ると大変な事になるから、小野さんはやめたんだよ」と宗近君が云う。
「黙っていらっしゃい。――小野さん、なぜいらっしゃらなかったんです」
宗近君は二三歩大股に歩いて来た。
「僕が紹介してやろう」と一足《ひとあし》小野さんを横へ押《お》し退《の》けると、後《うしろ》から小さい小夜子が出た。
「藤尾さん、これが小野さんの妻君だ」
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