った。欽吾は両手を額に掛ける。
「出るって、御前本当に出る気なのかい」
「出る気です」
欽吾は後《うし》ろ向《むき》に答えた。
「いつ」
「これから、出るんです」
欽吾は両手で一度上へ揺り上げた額を、折釘《おれくぎ》から外して、下へさげた。細い糸一本で額は壁とつながっている。手を放すと、糸が切れて落ちそうだ。両手で恭《うやうや》しく捧げたままである。母は下から云う。
「こんな雨の降るのに」
「雨が降っても構わないです」
「せめて藤尾に暇乞《いとまごい》でもして行ってやっておくれな」
「藤尾はいないでしょう」
「だから待っておくれと云うのだあね。藪《やぶ》から棒《ぼう》に出るなんて、御母《おっか》さんを困らせるようなもんじゃないか」
「困らせるつもりじゃありません」
「御前がその気でなくっても、世間と云うものがあります。出るなら出るようにして出てくれないと、御母さんが恥を掻《か》きます」
「世間が……」と云いかけて額を持ちながら、首だけ後《うしろ》へ向けた時、細長く切れた欽吾の眼は一度《ひとたび》は母に落ちた。やがて母から遠退《とおの》いて戸口に至ってはたと動かなくなった。――母は気
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