して、口から吹く濃き煙を眺めながら考えている。今日は藤尾《ふじお》と大森へ行く約束がある。約束だから行かなければならぬ。しかし是非行かねばならぬとなると、何となく気が咎《とが》める。不安である。約束さえしなければ、もう少しは太平であったろう。飯ももう一杯ぐらいは食えたかも知れぬ。賽《さい》は固《もと》より自分で投げた。一六《いちろく》の目は明かに出た。ルビコンは渡らねばならぬ。しかし事もなげに河を横切った該撒《シーザー》は英雄である。通例の人はいざと云う間際《まぎわ》になってからまた思い返す。小野さんは思い返すたびに、必ず廃《よ》せばよかったと後悔する。乗り掛けた船に片足を入れた時、船頭が出ますよと棹《さお》を取り直すと、待ってくれと云いたくなる。誰か陸《おか》から来て引っ張ってくれれば好いと思う。乗り掛けたばかりならまだ陸へ戻る機会があるからである。約束も履行《りこう》せんうちは岸を離れぬ舟と同じく、まだ絶体絶命と云う場合ではない。メレジスの小説にこんな話がある。――ある男とある女が諜《しめ》し合せて、停車場《ステーション》で落ち合う手筈《てはず》をする。手筈が順に行って、汽笛《きて
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