した。
「先生もう一遍小野に話しましょう」
「話さないでも好い。自家に来て断われと云ってくれ」
「とにかく……そう小野に云いましょう」
 浅井君はついに立った。玄関まで送って来た先生に頭を下げた時、先生は
「娘なんぞ持つもんじゃないな」と云った。表へ出た浅井君はほっと息をつく。今までこんな感じを経験した事はない。横町を出て蕎麦屋《そばや》の行灯《あんどう》を右に通へ出て、電車のある所まで来ると突然飛び乗った。
 突然電車に乗った浅井君は約一時間|余《よ》の後《のち》、ぶらりと宗近《むねちか》家の門からあらわれた。つづいて車が二挺出る。一挺は小野の下宿へ向う。一挺は孤堂先生の家に去る。五十分ほど後《おく》れて、玄関の松の根際に梶棒《かじぼう》を上げた一挺は、黒い幌《ほろ》を卸《おろ》したまま、甲野《こうの》の屋敷を指して馳《か》ける。小説はこの三挺の使命を順次に述べなければならぬ。
 宗近君の車が、小野さんの下宿の前で、車輪《は》の音《おと》を留めた時、小野さんはちょうど午飯《ひるめし》を済ましたばかりである。膳《ぜん》が出ている。飯櫃《めしびつ》も引かれずにある。主人公は机の前へ座を移
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