ただ頼まれたから頼まれたなりに事を運べば好いものと心得ている。そうしてそれがもっとも法学士的で、法学士的はもっとも実際的で、実際的は最上の方法だと心得ている。浅井君はもっとも想像力の少ない男で、しかも想像力の少ないのをかつて不足だと思った事のない男である。想像力は理知の活動とは全然別作用で、理知の活動はかえって想像力のために常に阻害《そがい》せらるるものと信じている。想像力を待って、始めて、全《まっ》たき人性に戻《もと》らざる好処置が、知慧《ちえ》分別の純作用以外に活《い》きてくる場合があろうなどとは法科の教室で、どの先生からも聞いた事がない。したがって浅井君はいっこう知らない。ただ断われば済むと思っている。淋しい小夜子の運命が、夫子《ふうし》の一言《いちごん》でどう変化するだろうかとは浅井君の夢にだも考え得ざる問題である。
浅井君が無意味に小夜子を眺めているうちに、孤堂《こどう》先生は変な咳を二つ三つ塞《せ》いた。小夜子は心元なく父の方《かた》を向く。
「御薬はもう上がったんですか」
「朝の分はもう飲んだよ」
「御寒い事はござんせんか」
「寒くはないが、少し……」
先生は右の手頸
前へ
次へ
全488ページ中427ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング