婆さんから菓子の袋を受取った。底を立てて出雲焼《いずもやき》の皿に移すと、真中にある青い鳳凰《ほうおう》の模様が和製のビスケットで隠れた。黄色な縁《ふち》はだいぶ残っている。揃《そろ》えて渡す二本の竹箸《たけばし》を、落さぬように茶の間から座敷へ持って出た。座敷には浅井君が先生を相手に、京都以来の旧歓を暖めている。時は朝である。日影はじりじりと椽《えん》に逼《せま》ってくる。
「御嬢さんは、東京を御存じでしたな」と問いかけた。
 菓子皿を主客の間に置いて、やさしい肩を後《うしろ》へ引くついでに、
「ええ」と小声に答えて、立ち兼ねた。
「これは東京で育ったのだよ」と先生が足らぬところを補ってくれる。
「そうでしたな。――大変大きくなりましたな」と突然別問題に飛び移った。
 小夜子は淋しい笑顔を俯向《うつむ》けて、今度は答さえも控えた。浅井君は遠慮のない顔をして小夜子を眺《なが》めている。これからこの女の結婚問題を壊すんだなと思いながら平気に眺めている。浅井君の結婚問題に関する意見は大道易者のごとく容易である。女の未来や生涯《しょうがい》の幸福についてはあまり同情を表《ひょう》しておらん。
前へ 次へ
全488ページ中426ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング