上のレオパルジに落ちた。
「なぜ黙っていたんだ。向《むこう》を出してしまえば好いのに……」
「向を出したって、向の性格は堕落するばかりだ」
「向を出さないまでも、こっちが出るには当るまい」
「こっちが出なければ、こっちの性格が堕落するばかりだ」
「なぜ財産をみんなやったのか」
「要《い》らないもの」
「ちょっと僕に相談してくれれば好かったのに」
「要らないものをやるのに相談の必要もなにもないからさ」
 宗近君はふうん[#「ふうん」に傍点]と云った。
「僕に要らない金のために、義理のある母や妹を堕落させたところが手柄にもならない」
「じゃいよいよ家を出る気だね」
「出る。おれば両方が堕落する」
「出てどこへ行く」
「どこだか分らない」
 宗近君は机の上にあるレオパルジを無意味に取って、背皮《せがわ》を竪《たて》に、勾配《こうばい》のついた欅《けやき》の角でとんとんと軽く敲《たた》きながら、少し沈吟《ちんぎん》の体《てい》であったが、やがて、
「僕のうちへ来ないか」と云う。
「君のうちへ行ったって仕方がない」
「厭《いや》かい」
「厭じゃないが、仕方がない」
 宗近君はじっと甲野さんを見た
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