します。――どうも実に赤児《ねんね》で、困り切ります、駄々ばかり捏《こ》ねまして――でも英語だけは御蔭《おかげ》さまで大変好きな模様で――近頃ではだいぶむずかしいものが読めるそうで、自分だけはなかなか得意でおります。――何兄がいるのでございますから、教えて貰えば好いのでございますが、――どうも、その、やっぱり兄弟は行《ゆ》かんものと見えまして――」
御母さんの弁舌は滾々《こんこん》としてみごとである。小野さんは一字の間投詞を挟《さしはさ》む遑《いと》まなく、口車《くちぐるま》に乗って馳《か》けて行く。行く先は固《もと》より判然せぬ。藤尾は黙って最前小野さんから借りた書物を開いて続《つづき》を読んでいる。
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「花を墓に、墓に口を接吻《くちづけ》して、憂《う》きわれを、ひたふるに嘆きたる女王は、浴湯《ゆ》をこそと召す。浴《ゆあ》みしたる後《のち》は夕餉《ゆうげ》をこそと召す。この時|賤《いや》しき厠卒《こもの》ありて小さき籃《かご》に無花果《いちじく》を盛りて参らす。女王の該撒《シイザア》に送れる文《ふみ》に云う。願わくは安図尼《アントニイ》と同じ墓にわれを埋《うず
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