好《え》え」
「そんなにあるものか」
「じゃ十円でも好え。五円でも好え」
 浅井君はいくらでも下げる。小野さんは両肘《りょうひじ》を鉄の手擦《てすり》に後《うしろ》から持たして、山羊仔《キッド》の靴を心持前へ出した。煙草を啣《くわ》えたまま、眼鏡越に爪先の飾を眺《なが》めている。遅日《ちじつ》影長くして光を惜まず。拭き込んだ皮の濃《こまや》かに照る上に、眼に入らぬほどの埃《ほこり》が一面に積んでいる。小野さんは携えた細手の洋杖《ステッキ》で靴の横腹をぽんぽんと鞭《むち》うった。埃は靴を離れて一寸《いっすん》ほど舞い上がる。鞭うたれた局部だけは斑《まだら》に黒くなった。並んで見える浅井の靴は、兵隊靴のごとく重くかつ無細工《ぶさいく》である。
「十円くらいなら都合が出来ない事もないが――いつ頃《ごろ》まで」
「今月|末《すえ》にはきっと返す。それで好かろう」と浅井君は顔を寄せて来る。小野さんは口から煙草を離した。指の股《また》に挟んだまま、一振はたくと三分《さんぶ》の灰は靴の甲に落ちた。
 体《たい》をそのままに白い襟《えり》の上から首だけを横に捩《ねじ》ると、欄干《らんかん》に頬杖《ほお
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