そり閑《かん》と吹かれている。
小野さんは黙然《もくねん》と香炉《こうろ》を見て、また黙然と布団を見た。崩《くず》し格子《ごうし》の、畳から浮く角に、何やら光るものが奥に挟《はさ》まっている。小野さんは少し首を横にして輝やくものを物色して考えた。どうも時計らしい。今までは頓《とん》と気がつかなかった。藤尾の立つ時に、絹障《きぬざわり》のしなやかに、布団《ふとん》が擦《ず》れて、隠したものが出掛ったのかも知れぬ。しかし布団の下に時計を隠す必要はあるまい。小野さんは再び布団の下を覗《のぞ》いて見た。松葉形《まつばがた》に繋《つな》ぎ合せた鎖の折れ曲って、表に向いている方が、細く光線を射返す奥に、盛り上がる七子《ななこ》の縁《ふち》が幽《かす》かに浮いている。たしかに時計に違ない。小野さんは首を傾けた。
金は色の純にして濃きものである。富貴《ふうき》を愛するものは必ずこの色を好む。栄誉を冀《こいねが》うものは必ずこの色を撰《えら》む。盛名を致すものは必ずこの色を飾る。磁石《じしゃく》の鉄を吸うごとく、この色はすべての黒き頭を吸う。この色の前に平身せざるものは、弾力なき護謨《ゴム》である。
前へ
次へ
全488ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング