の顔を眺めた。やがて、
「だから、家も財産もみんな藤尾にやると云うんです」と慇懃《いんぎん》に云う。
「それほどに御云いなら、仕方がない」
 母は溜息と共に、この一句を洋卓の上にうちやった。甲野さんは超然としている。
「じゃ仕方がないから、御前の事は御前の思い通りにするとして、――藤尾の方だがね」
「ええ」
「実はあの小野さんが好かろうと思うんだが、どうだろう」
「小野をですか」と云ったぎり、黙った。
「いけまいか」
「いけない事もないでしょう」と緩《ゆっ》くり云う。
「よければ、そうきめようと思うが……」
「好いでしょう」
「好いかい」
「ええ」
「それでようやく安心した」
 甲野さんはじっと眼を凝《こ》らして正面に何物をか見詰めている。あたかも前にある母の存在を認めざるごとくである。
「それでようやく――御前どうかおしかい」
「母《おっ》かさん、藤尾は承知なんでしょうね」
「無論知っているよ。なぜ」
 甲野さんは、やはり遠方を見ている。やがて瞬《またたき》を一つすると共に、眼は急に近くなった。
「宗近はいけないんですか」と聞く。
「一《はじめ》かい。本来なら一が一番好いんだけれども
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