りますかって。――私が、死んだ阿父《おとっ》さんに済まないじゃないか」
「そうですか。じゃどうすれば好いんです」と飴色《あめいろ》に塗った鉛筆を洋卓の上にはたりと放《ほう》り出した。
「どうすれば好いか、どうせ母《おっか》さんのような無学なものには分らないが、無学は無学なりにそれじゃ済まないと思いますよ」
「厭《いや》なんですか」
「厭だなんて、そんなもったいない事を今まで云った事があったかね」
「有りません」
「私《わたし》も無いつもりだ。御前がそう云ってくれるたんびに、御礼は始終《しょっちゅう》云ってるじゃないか」
「御礼は始終聞いています」
母は転がった鉛筆を取り上げて、尖《とが》った先を見た。丸い護謨《ゴム》の尻を見た。心のうちで手のつけようのない人だと思った。ややあって護謨の尻をきゅうっと洋卓《テエブル》の上へ引っ張りながら云う。
「じゃ、どうあっても家《うち》を襲《つ》ぐ気はないんだね」
「家は襲いでいます。法律上私は相続人です」
「甲野の家は襲いでも、母《おっ》かさんの世話はしてくれないんだね」
甲野さんは返事をする前に、眸《ひとみ》を長い眼の真中に据えてつくづくと母
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