然《べきぜん》たる爆発物が抛《な》げ出されるか、抛げ出すか、動かざる二人の身体《からだ》は二塊《ふたかたまり》の※[#「陷のつくり+炎」、第3水準1−87−64]《ほのお》である。
「御帰りいっ」と云う声が玄関に響くと、砂利《じゃり》を軋《きし》る車輪がはたと行き留まった。襖《ふすま》を開ける音がする。小走りに廊下を伝う足音がする。張り詰めた二人の姿勢は崩《くず》れた。
「母が帰って来たのです」と女は坐《すわ》ったまま、何気なく云う。
「ああ、そうですか」と男も何気なく答える。心を判然《はっき》と外に露《あら》わさぬうちは罪にはならん。取り返しのつく謎《なぞ》は、法庭《ほうてい》の証拠としては薄弱である。何気なく、もてなしている二人は、互に何気のあった事を黙許しながら、何気なく安心している。天下は太平である。何人《なんびと》も後指《うしろゆび》を指《さ》す事は出来ぬ。出来れば向うが悪《わ》るい。天下はあくまでも太平である。
「御母《おっか》さんは、どちらへか行らしったんですか」
「ええ、ちょっと買物に出掛けました」
「だいぶ御邪魔をしました」と立ち懸《か》ける前に居住《いずまい》をちょ
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