「そりゃ御前にそう見限られてしまえばそれまでだが」とここまでは何の苦もなく出したが、急に調子を逼《せま》らして、
「藤尾《あれ》も実は可哀想《かわいそう》だからね。そう云わずに、どうかしてやって下さい」と云う。甲野さんは肘《ひじ》を立てて、手の平で額《ひたい》を抑えた。
「だって見縊《みくび》られているんだから、世話を焼けば喧嘩《けんか》になるばかりです」
「藤尾が御前さんを見縊るなんて……」と打《う》ち消《けし》はしとやかな母にしては比較的に大きな声であった。
「そんな事があっては第一|私《わたし》が済まない」と次に添えた時はもう常に復していた。
甲野さんは黙って肘を立てている。
「何か藤尾が不都合な事でもしたかい」
甲野さんは依然として額に加えた手の下から母を眺《なが》めている。
「もし不都合があったら、私から篤《とく》と云って聞かせるから、遠慮しないで、何でも話しておくれ。御互のなかで気不味《きまず》い事があっちゃあ面白くないから」
額に加えた五本の指は、節長に細《ほっそ》りして、爪の形さえ女のように華奢《きゃしゃ》に出来ている。
「藤尾はたしか二十四になったんですね」
「
前へ
次へ
全488ページ中359ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング