《せび》られるようなものだ。うるさいのみか不快になる。
 それもただの場合ならともかくである。親父の事を思い出すたびに、親父に気の毒になる。今の身と、今の心は自分にさえ気の毒である。実世界に住むとは、名ばかりの衣と住と食とを貪《むさぼ》るだけで、頭はほかの国に、母も妹《いもと》も忘れればこそ、こう生きてもいる。実世界の地面から、踵《かかと》を上げる事を解《げ》し得ぬ利害の人の眼に見たら、定めし馬鹿の骨頂だろう。自分は自分にすべてを棄《す》てる覚悟があるにもせよ、この体《てい》たらくを親父には見せたくない。親父はただの人である。草葉の蔭で親父が見ていたら、定めて不肖《ふしょう》の子と思うだろう。不肖の子は親父の事を思い出したくない。思い出せば気の毒になる。――どうもこの画はいかん。折があったら蔵のなかへでも片づけてしまおう。……
 十人は十人の因果《いんが》を持つ。羹《あつもの》に懲《こ》りて膾《なます》を吹くは、株《しゅ》を守って兎を待つと、等しく一様の大律《たいりつ》に支配せらる。白日天に中《ちゅう》して万戸に午砲の飯《いい》を炊《かし》ぐとき、蹠下《しょか》の民は褥裏《じょくり》に
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