た事もある。情《なさけ》ないと軽蔑《さげす》んだ事もある。しかし今日ほど羨《うらやま》しく感じた事はない。高尚だから、上品だから、自分の理想に近いから、羨ましいとは夢にも思わぬ。ただあんな気分になれたらさぞよかろうと、今の苦しみに引《ひ》き較《くら》べて、急に羨ましくなった。
 藤尾には小夜子《さよこ》と自分の関係を云い切ってしまった。あるとは云い切らない。世話になった昔の人に、心細く附き添う小《ち》さき影を、逢《あ》わぬ五年を霞《かすみ》と隔てて、再び逢《お》うたばかりの朦朧《ぼんやり》した間柄と云い切ってしまった。恩を着るは情《なさけ》の肌、師に渥《あつ》きは弟子《ていし》の分、そのほかには鳥と魚との関係だにないと云い切ってしまった。できるならばと辛防《しんぼう》して来た嘘《うそ》はとうとう吐《つ》いてしまった。ようやくの思で吐いた嘘は、嘘でも立てなければならぬ。嘘を実《まこと》と偽《いつ》わる料簡《りょうけん》はなくとも、吐くからは嘘に対して義務がある、責任が出る。あからさまに云えば嘘に対して一生の利害が伴なって来る。もう嘘は吐けぬ。二重の嘘は神も嫌《きらい》だと聞く。今日からは
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