「昨夜《ゆうべ》の女のような花だ」と甲野さんは重ねた。
「どうして」と女は不審そうに聞く。男は長い眼を翻《ひるが》えしてじっと女の顔を見ていたが、やがて、
「あなたは気楽でいい」と真面目に云う。
「そうでしょうか」と真面目に答える。
賞《ほ》められたのか、腐《くさ》されたのか分らない。気楽か気楽でないか知らない。気楽がいいものか、わるいものか解《かい》しにくい。ただ甲野さんを信じている。信じている人が真面目《まじめ》に云うから、真面目にそうでしょうかと云うよりほかに道はない。
文《あや》は人の目を奪う。巧は人の目を掠《かす》める。質は人の目を明かにする。そうでしょうか[#「そうでしょうか」に傍点]を聞いた時、甲野さんは何となくありがたい心持がした。直下《じきげ》に人の魂を見るとき、哲学者は理解《りげ》の頭《かしら》を下げて、無念とも何とも思わぬ。
「いいですよ。それでいい。それで無くっちゃ駄目だ。いつまでもそれでなくっちゃ駄目だ」
糸子は美くしい歯を露《あら》わした。
「どうせこうですわ。いつまで立ったって、こうですわ」
「そうは行かない」
「だって、これが生れつきなんだから、い
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