ょうか」
「云って御覧なさい」
「あの、皆《みんな》して御茶を飲んだでしょう」
「ええ、あの御茶が面白かったんですか」
「御茶じゃないんです。御茶じゃないんですけれどもね」
「ああ」
「あの時小野さんがいらしったでしょう」
「ええ、いました」
「美しい方《かた》を連れていらしったでしょう」
「美しい? そう。若い人といっしょのようでしたね」
「あの方を御存じでしょう」
「いいえ、知らない」
「あら。だって兄がそう云いましたわ」
「そりゃ顔を知ってると云う意味なんでしょう。話をした事は一遍もありません」
「でも知っていらっしゃるでしょう」
「ハハハハ。どうしても知ってなければならないんですか。実は逢《あ》った事は何遍もあります」
「だから、そう云ったんですわ」
「だから何と」
「面白かったって」
「なぜ」
「なぜでも」
 二重瞼《ふたえまぶた》に寄る波は、寄りては崩《くず》れ、崩れては寄り、黒い眸《ひとみ》を、見よがしに弄《もてあそ》ぶ。繁《しげ》き若葉を洩《も》る日影の、錯落《さくらく》と大地に鋪《し》くを、風は枝頭《しとう》を揺《うご》かして、ちらつく苔《こけ》の定かならぬようである
前へ 次へ
全488ページ中285ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング