連れて行って貰うつもりですから」
藤尾は一さん[#「一さん」に傍点]と云う名前を妙に響かした。
春の影は傾《かたぶ》く。永き日は、永くとも二人の専有ではない。床に飾ったマジョリカの置時計が絶えざる対話をこの一句にちん[#「ちん」に傍点]と切った。三十分ほどしてから小野さんは門外へ出る。その夜《よ》の夢に藤尾は、驚くうちは楽《たのしみ》がある! 女は仕合《しあわせ》なものだ! と云う嘲《あざけり》の鈴《れい》を聴かなかった。
十三
太い角柱を二本立てて門と云う。扉はあるかないか分らない。夜中郵便《やちゅうゆうびん》と書いて板塀《いたべい》に穴があいているところを見ると夜は締《しま》りをするらしい。正面に芝生《しばふ》を土饅頭《どまんじゅう》に盛り上げて市《いち》を遮《さえ》ぎる翠《みどり》を傘《からかさ》と張る松を格《かた》のごとく植える。松を廻れば、弧線を描《えが》いて、頭の上に合う玄関の廂《ひさし》に、浮彫の波が見える。障子は明け放ったままである。呑気《のんき》な白襖《しろぶすま》に舞楽の面ほどな草体を、大雅堂《たいがどう》流の筆勢で、無残《むざん》に書き散
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