抜け出した。
「沙翁《シェクスピヤ》の書いたものを見るとその女の性格が非常によく現われていますよ」
小野さんは隧道を出るや否や、すぐ自転車に乗って馳《か》け出そうとする。魚は淵《ふち》に躍《おど》る、鳶《とび》は空に舞う。小野さんは詩の郷《くに》に住む人である。
稜錐塔《ピラミッド》の空を燬《や》く所、獅身女《スフィンクス》の砂を抱く所、長河《ちょうが》の鰐魚《がくぎょ》を蔵する所、二千年の昔|妖姫《ようき》クレオパトラの安図尼《アントニイ》と相擁して、駝鳥《だちょう》の※[#「翌の立に代えて妾」、第4水準2−84−92]※[#「たけかんむり/捷のつくり」、第4水準2−83−53]《しょうしょう》に軽く玉肌《ぎょっき》を払える所、は好画題であるまた好詩料である。小野さんの本領である。
「沙翁の描《か》いたクレオパトラを見ると一種妙な心持ちになります」
「どんな心持ちに?」
「古い穴の中へ引き込まれて、出る事が出来なくなって、ぼんやりしているうちに、紫色《むらさきいろ》のクレオパトラが眼の前に鮮《あざ》やかに映って来ます。剥《は》げかかった錦絵《にしきえ》のなかから、たった一人がぱっ
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