する。ところが甲野さんは簡単に
「うん」の一句で答をしてしまう。こっちは考のまとまらないうち、すぐ何とか付けなければならぬ。始めは「誰と?」と聞こうとしたが、聞かぬ前にいや「何時《なんじ》頃?」の方が便宜《べんぎ》ではあるまいかと思う。いっそ「僕も行った」と打って出ようか知ら、そうしたら先方の答次第で万事が明暸《めいりょう》になる。しかしそれもいらぬ事だ。――小野さんは胸の上、咽喉《のど》の奥でしばらく押問答をする。その間に甲野さんは細い杖の先を一尺ばかり動かした。杖のあとに動くものは足である。この相図をちらりと見て取った小野さんはもう駄目だ、よそうと咽喉の奥でせっかくの計画をほごしてしまう。爪の垢《あか》ほど先《せん》を制せられても、取り返しをつけようと意思を働かせない人は、教育の力では翻《ひるが》えす事の出来ぬ宿命論者である。
「まあ行きたまえ」とまた甲野さんが云う。催促されるような気持がする。運命が左へと指図《さしず》をしたらしく感じた時、後《うしろ》から押すものがあれば、すぐ前へ出る。
「じゃあ……」と小野さんは帽子をとる。
「そうか、じゃあ失敬」と細い杖は空間を二尺ばかり小野
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