写るは君と我のみと、神|懸《か》けて疑わぬを、見れば間違った。男はそのままの男に、寄り添うは見た事もない他人である。驚くうちは楽がある! 女は仕合せなものだ!
冴《さ》えぬ白さに青味を含む憂顔《うれいがお》を、三五の卓を隔てて電灯の下《もと》に眺めた時は、――わが傍《かたえ》ならでは、若き美くしき女に近づくまじきはずの男が、気遣《きづか》わし気《げ》に、また親し気に、この人と半々に洋卓《テーブル》の角を回って向き合っていた時は、――撞木《しゅもく》で心臓をすぽりと敲《たた》かれたような気がした。拍子《ひょうし》に胸の血はことごとく頬に潮《さ》す。紅《くれない》は云う、赫《かっ》としてここに躍《おど》り上がると。
我は猛然として立つ。その儀ならばと云う。振り向いてもならぬ。不審を打ってもならぬ。一字の批評も不見識である。有《あれ》ども無きがごとくに装《よそお》え。昂然《こうぜん》として水準以下に取り扱え。――気がついた男は面目を失うに違ない。これが復讐《ふくしゅう》である。
我の女はいざと云う間際《まぎわ》まで心細い顔をせぬ。恨《うら》むと云うは頼る人に見替られた時に云う。侮《あな
前へ
次へ
全488ページ中246ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング