と真面目になった。女はすぐ弁解する。
「あんな人込《ひとごみ》へは滅多《めった》に出つけた事がないもんですから」
文明の民は驚ろいて喜ぶために博覧会を開く。過去の人は驚ろいて怖《こわ》がるためにイルミネーションを見る。
「先生はどうですか」
小夜子は返事を控えて淋《さみ》しく笑った。
「先生も雑沓《ざっとう》する所が嫌《きらい》でしたね」
「どうも年を取ったもんですから」と気の毒そうに、相手から眼を外《はず》して、畳の上に置いてある埋木《うもれぎ》の茶托を眺《なが》める。京焼の染付茶碗《そめつけぢゃわん》はさっきから膝頭《ひざがしら》に載《の》っている。
「御迷惑でしたろう」と小野さんは隠袋《ポッケット》から煙草入を取り出す。闇《やみ》を照す月の色に富士と三保の松原が細かに彫ってある。その松に緑の絵の具を使ったのは詩人の持物としては少しく俗である。派出《はで》を好む藤尾の贈物かも知れない。
「いえ、迷惑だなんて。こっちから願って置いて」と小夜子は頭から小野さんの言葉を打ち消した。男は煙草入を開く。裏は一面の鍍金《ときん》に、銀《しろかね》の冴《さ》えたる上を、花やかにぱっと流す。淋
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