紙に豊かな金文字を入れた厚い書物を開《あ》けた。中からヌーボー式に青い柳を染めて赤瓦の屋根が少し見える栞《しおり》があらわれる。小野さんは左の手に栞を滑《すべ》らして、細かい活字を金縁の眼鏡《めがね》の奥から読み始める。五分《ごふん》ばかりは無事であったが、しばらくすると、いつの間《ま》にやら、黒い眼は頁《ページ》を離れて、筋違《すじかい》に日脚《ひあし》の伸びた障子《しょうじ》の桟《さん》を見詰めている。――四五日藤尾に逢《あ》わぬ、きっと何とか思っているに違ない。ただの時なら四五日が十日《とおか》でもさして心配にはならぬ。過去に追いつかれた今の身には梳《くしけず》る間も千金である。逢えば逢うたびに願の的《まと》は近くなる。逢わねば元の君と我にたぐり寄すべき恋の綱の寸分だも縮まる縁《えにし》はない。のみならず、魔は節穴《ふしあな》の隙《すき》にも射す。逢わぬ半日に日が落ちぬとも限らぬ、籠《こも》る一夜《ひとよ》に月は入《い》る。等閑《なおざり》のこの四五日に藤尾の眉《まゆ》にいかな稲妻《いなずま》が差しているかは夢|測《はか》りがたい。論文を書くための勉強は無論大切である。しかし藤尾
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