藤尾は来たなと思いながら、瞬《またたき》もせず窓を通して映《うつ》る、イルミネーションの片割《かたわれ》を専念に見ている。兄の首はしだいに故《もと》の位地に帰る。
四人が席を立った時、藤尾は傍目《わきめ》も触らず、ただ正面を見たなりで、女王の人形が歩を移すがごとく昂然《こうぜん》として入口まで出る。
「もう小野は帰ったよ、藤尾さん」と宗近君は洒落《しゃらく》に女の肩を敲《たた》く。藤尾の胸は紅茶で焼ける。
「驚ろくうちは楽《たのしみ》がある。女は仕合せなものだ」と再び人込《ひとごみ》へ出た時、何を思ったか甲野さんは復《また》前言を繰り返した。
驚くうちは楽がある! 女は仕合せなものだ! 家《うち》へ帰って寝床へ這入《はい》るまで藤尾の耳にこの二句が嘲《あざけり》の鈴《れい》のごとく鳴った。
十二
貧乏を十七字に標榜《ひょうぼう》して、馬の糞、馬の尿《いばり》を得意気に咏《えい》ずる発句《ほっく》と云うがある。芭蕉《ばしょう》が古池に蛙《かわず》を飛び込ますと、蕪村《ぶそん》が傘《からかさ》を担《かつ》いで紅葉《もみじ》を見に行く。明治になっては子規《しき》と云
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