洋菓子なんぞ食うのはのらくら[#「のらくら」に傍点]ものだっておっしゃったんでしょう」
「はああ、そうか。亡国の菓子じゃなかったかね。とにかく阿爺は西洋菓子が嫌《きらい》だよ。柿羊羹《かきようかん》か味噌松風《みそまつかぜ》、妙なものばかり珍重したがる。藤尾さんのようなハイカラの傍《そば》へ持って行くとすぐ軽蔑《けいべつ》されてしまう」
「そう阿爺《おとうさま》の悪口をおっしゃらなくってもいいわ。兄さんだって、もう書生じゃないから西洋菓子を食べたって大丈夫ですよ」
「もう叱られる気遣《きづかい》はないか。それじゃ一つやるかな。糸公も一つ御上《おあが》り。どうだい藤尾さん一つ。――しかしなんだね。阿爺《おとっさん》のような人はこれから日本にだんだん少なくなるね。惜しいもんだ」とチョコレートを塗った卵糖《カステラ》を口いっぱいに頬張《ほおば》る。
「ホホホホ一人で饒舌《しゃべ》って……」と藤尾の方を見る。藤尾は応じない。
「藤尾は何も食わないのか」と甲野さんは茶碗を口へ付けながら聞く。
「たくさん」と云ったぎりである。
 甲野さんは静かに茶碗を卸《おろ》して、首を心持藤尾の方へ向け直した。
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