近君も下向《したむき》になって燐寸《マッチ》を擦《す》る。刹那《せつな》に藤尾の眸《ひとみ》は宗近君の額を射た。宗近君は知らない。啣《くわ》えた巻煙草に火を移して顔を真向《まむき》に起した時、稲妻はすでに消えていた。
「あら妙だわね。二人して……何を云っていらっしゃるの」と糸子が聞く。
「ハハハハ面白い事があるんだよ。糸公……」と云い掛けた時紅茶と西洋菓子が来る。
「いやあ亡国の菓子が来た」
「亡国の菓子とは何だい」と甲野さんは茶碗を引き寄せる。

「亡国の菓子さハハハハ。糸公知ってるだろう亡国の菓子の由緒《いわれ》を」と云いながら角砂糖を茶碗の中へ抛《ほう》り込む。蟹《かに》の眼のような泡《あわ》が幽《かす》かな音を立てて浮き上がる。
「そんな事知らないわ」と糸子は匙《さじ》でぐるぐる攪《か》き廻している。
「そら阿爺《おとっさん》が云ったじゃないか。書生が西洋菓子なんぞを食うようじゃ日本も駄目だって」
「ホホホホそんな事をおっしゃるもんですか」
「云わない? 御前よっぽど物覚がわるいね。そらこの間甲野さんや何かと晩飯を食った時、そう云ったじゃないか」
「そうじゃないわ。書生の癖に西
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