は頸《くび》をもとへ返す。返すとき前に坐っている甲野さんと眼を見合せた。甲野さんは何にも云わない。灰皿の上に竪《たて》に挟んだ燐寸箱《マッチばこ》の横側をしゅっと擦《す》った。藤尾も口を結んだままである。小野さんとは背中合せのままでわかれるつもりかも知れない。
「どうだい、別嬪《べっぴん》だろう」と宗近君は糸子に調戯《からかい》かける。
 俯目《ふしめ》に卓布を眺《なが》めていた藤尾の眼は見えぬ、濃い眉だけはぴくりと動いた。糸子は気がつかぬ、宗近君は平気である、甲野さんは超然としている。
「うつくしい方《かた》ね」と糸子は藤尾を見る。藤尾は眼を上げない。
「ええ」と素気《そっけ》なく云い放つ。極《きわ》めて低い声である。答を与うるに価《あたい》せぬ事を聞かれた時に、――相手に合槌《あいづち》を打つ事を屑《いさぎよし》とせざる時に――女はこの法を用いる。女は肯定の辞に、否定の調子を寓する霊腕を有している。
「見たかい甲野さん、驚いたね」
「うん、ちと妙だね」と巻煙草《まきたばこ》の灰を皿の中にはたき落す。
「だから僕が云ったのだ」
「何と云ったのだい」
「何と云ったって、忘れたかい」と宗
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