りなく腹の中へ畳み込む。糸子はただ下を見て通る。
「おい気がついたか」と宗近君の腰はまず椅子に落ちた。
「うん」と云う簡潔な返事がある。
「藤尾さん小野が来ているよ。後《うし》ろを見て御覧」と宗近君がまた云う。
「知っています」と云ったなり首は少しも動かなかった。黒い眼が怪しい輝《かがやき》を帯びて、頬の色は電気灯のもとでは少し熱過ぎる。
「どこに」と何気《なにげ》なき糸子は、優《やさ》しい肩を斜《なな》めに捩《ね》じ向けた。
 入口を左へ行き尽くして、二列目の卓を壁際に近く囲んで小野さんの連中は席を占めている。腰を卸《おろ》した三人は突き当りの右側に、窓を控えて陣を取る。肩を動かした糸子の眼は、広い部屋に所択《ところえら》ばず散らついている群衆を端から端へ貫ぬいて、遥《はる》か隔たった小野さんの横顔に落ちた。――小夜子は真向《まむき》に見える。孤堂先生は背中の紋ばかりである。春の夜を淋しく交る白い糸を、顎《あご》の下に抜くも嬾《もの》うく、世のままに、人のままに、また取る年の積るままに捨てて吹かるる憂《う》き髯《ひげ》は小夜子の方に向いている。
「あら御連《おつれ》があるのね」と糸子
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