なぜ落第したんでしょう」
「えらいからさ」
「まあ――どこかそこいらに鋏《はさみ》はなくって」
「その蒲団《ふとん》の横にある。いや、もう少し左。――その鋏に猿が着いてるのは、どう云う訳だ。洒落《しゃれ》かい」
「これ? 奇麗《きれい》でしょう。縮緬《ちりめん》の御申《おさる》さん」
「御前がこしらえたのかい。感心に旨《うま》く出来てる。御前は何にも出来ないが、こんなものは器用だね」
「どうせ藤尾さんのようには参りません――あらそんな椽側《えんがわ》へ煙草の灰を捨てるのは御廃《およ》しなさいよ。――これを借《か》して上げるから」
「なんだいこれは。へええ。板目紙《いためがみ》の上へ千代紙を張り付けて。やっぱり御前がこしらえたのか。閑人《ひまじん》だなあ。いったい何にするものだい。――糸を入れる? 糸の屑《くず》をかい。へええ」
「兄さんは藤尾さんのような方《かた》が好きなんでしょう」
「御前のようなのも好きだよ」
「私は別物として――ねえ、そうでしょう」
「嫌《いや》でもないね」
「あら隠していらっしゃるわ。おかしい事」
「おかしい? おかしくってもいいや。――甲野の叔母《おばさん》は
前へ 次へ
全488ページ中202ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング