の尽くるあたりまで、くちゃくちゃに掻《か》き廻した。促《うな》がされた事には頓着《とんじゃく》する気色《けしき》もなく、
「君はあの山を頑固《がんこ》だと云ったね」と聞く。
「うむ、動かばこそと云ったような按排《あんばい》じゃないか。こう云う風に」と四角な肩をいとど四角にして、空《あ》いた方の手に栄螺《さざえ》の親類をつくりながら、いささか我も動かばこその姿勢を見せる。
「動かばこそと云うのは、動けるのに動かない時の事を云うのだろう」と細長い眼の角《かど》から斜《なな》めに相手を見下《みおろ》した。
「そうさ」
「あの山は動けるかい」
「アハハハまた始まった。君は余計な事を云いに生れて来た男だ。さあ行くぜ」と太い桜の洋杖《ステッキ》を、ひゅうと鳴らさぬばかりに、肩の上まで上げるや否《いな》や、歩行《ある》き出した。瘠《や》せた男も手巾《ハンケチ》を袂《たもと》に収めて歩行き出す。
「今日は山端《やまばな》の平八茶屋《へいはちぢゃや》で一日《いちんち》遊んだ方がよかった。今から登ったって中途|半端《はんぱ》になるばかりだ。元来《がんらい》頂上まで何里あるのかい」
「頂上まで一里半だ」

前へ 次へ
全488ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング