持が致します」
「そうですか、アハハハハ。荒川《あらかわ》には緋桜《ひざくら》と云うのがあるが、浅葱桜《あさぎざくら》は珍らしい」
「みなさんがそうおっしゃいます。八重はたくさんあるが青いのは滅多にあるまいってね……」
「ないですよ。もっとも桜も好事家《こうずか》に云わせると百幾種とかあるそうだから……」
「へええ、まあ」と女はさも驚ろいたように云う。
「アハハハ桜でも馬鹿には出来ない。この間も一《はじめ》が京都から帰って来て嵐山へ行ったと云うから、どんな花だと聞いて見たら、ただ一重だと云うだけでね、何にも知らない。今時のものは呑気《のんき》なものでアハハハハ。――どうです粗菓《そか》だが一つ御撮《おつま》みなさい。岐阜《ぎふ》の柿羊羹《かきようかん》」
「いえどうぞ。もう御構い下さいますな……」
「あんまり、旨《うま》いものじゃない。ただ珍らしいだけだ」と宗近老人は箸《はし》を上げて皿の中から剥《は》ぎ取った羊羹の一片《ひときれ》を手に受けて、独《ひと》りでむしゃむしゃ食う。
「嵐山と云えば」と甲野《こうの》の母は切り出した。
「せんだって中《じゅう》は欽吾《きんご》がまた、いろいろ
前へ
次へ
全488ページ中187ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング