は》ね返して暗き道を、二寸の高さに段々と横切っている。登らんとする岩《いわお》の梯子《ていし》に、自然の枕木を敷いて、踏み心地よき幾級の階《かい》を、山霊《さんれい》の賜《たまもの》と甲野さんは息を切らして上《のぼ》って行く。
 行く路の杉に逼《せま》って、暗きより洩《も》るるがごとく這《は》い出ずる日影蔓《ひかげかずら》の、足に纏《まつ》わるほどに繁きを越せば、引かれたる蔓《つる》の長きを伝わって、手も届かぬに、朽《く》ちかかる歯朶《しだ》の、風なき昼をふらふらと揺《うご》く。
「ここだ、ここだ」
と宗近君が急に頭の上で天狗《てんぐ》のような声を出す。朽草《くちくさ》の土となるまで積み古《ふ》るしたる上を、踏めば深靴を隠すほどに踏み答えもなきに、甲野さんはようやくの思で、蝙蝠傘《かわほりがさ》を力に、天狗《てんぐ》の座《ざ》まで、登って行く。
「善哉善哉《ぜんざいぜんざい》、われ汝《なんじ》を待つ事ここに久しだ。全体何をぐずぐずしていたのだ」
 甲野さんはただああと云ったばかりで、いきなり蝙蝠傘を放《ほう》り出すと、その上へどさりと尻持《しりもち》を突いた。
「また反吐《へど》か、反
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