る毒舌は、美しき筆に、心地よき春を紙に流す詩人の風流ではない。閑花素琴《かんかそきん》の春を司《つかさ》どる人の歌めく天《あめ》が下《した》に住まずして、半滴《はんてき》の気韻《きいん》だに帯びざる野卑の言語を臚列《ろれつ》するとき、毫端《ごうたん》に泥を含んで双手に筆を運《めぐ》らしがたき心地がする。宇治の茶と、薩摩の急須《きゅうす》と、佐倉の切り炭を描《えが》くは瞬時の閑《かん》を偸《ぬす》んで、一弾指頭《いちだんしとう》に脱離の安慰を読者に与うるの方便である。ただし地球は昔《むか》しより廻転する。明暗は昼夜を捨てぬ。嬉《うれ》しからぬ親子の半面を最も簡短に叙するはこの作者の切《せつ》なき義務である。茶を品し、炭を写したる筆は再び二人の対話に戻らねばならぬ。二人の対話は少なくとも前段より趣がなくてはならぬ。
「宗近と云えば、一《はじめ》もよっぽど剽軽者《ひょうきんもの》だね。学問も何にも出来ない癖に大きな事ばかり云って、――あれで当人は立派にえらい気なんだよ」
厩《うまや》と鳥屋《とや》といっしょにあった。牝鶏《めんどり》の馬を評する語に、――あれは鶏鳴《とき》をつくる事も、鶏卵
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