きま》なく渋《しぶ》の洩《も》れた劈痕焼《ひびやき》に、二筋三筋|藍《あい》を流す波を描《えが》いて、真白《ましろ》な桜を気ままに散らした、薩摩《さつま》の急須《きゅうす》の中には、緑りを細く綯《よ》り込んだ宇治《うじ》の葉が、午《ひる》の湯に腐《ふ》やけたまま、ひたひたに重なり合うて冷えている。
「御茶でも入れようかね」
「いいえ」と藤尾は疾《と》く抜け出した香《かおり》のなお余りあるを、急須と同じ色の茶碗のなかに畳み込む。黄な流れの底を敲《たた》くほどは、さほどとも思えぬが、縁《ふち》に近くようやく色を増して、濃き水は泡《あわ》を面《おもて》に片寄せて動かずなる。
 母は掻《か》き馴《な》らしたる灰の盛り上りたるなかに、佐倉炭《さくらずみ》の白き残骸《なきがら》の完《まった》きを毀《こぼ》ちて、心《しん》に潜む赤きものを片寄せる。温《ぬく》もる穴の崩《くず》れたる中には、黒く輪切の正しきを択《えら》んで、ぴちぴちと活《い》ける。――室内の春光は飽《あ》くまでも二人《ふたり》の母子《ぼし》に穏かである。
 この作者は趣なき会話を嫌う。猜疑《さいぎ》不和の暗き世界に、一点の精彩を着せざ
前へ 次へ
全488ページ中147ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング