大乾坤《だいけんこん》のいずくにか通《かよ》う、わが血潮は、粛々《しゅくしゅく》と動くにもかかわらず、音なくして寂定裏《じゃくじょうり》に形骸《けいがい》を土木視《どぼくし》して、しかも依稀《いき》たる活気を帯ぶ。生きてあらんほどの自覚に、生きて受くべき有耶無耶《うやむや》の累《わずらい》を捨てたるは、雲の岫《しゅう》を出で、空の朝な夕なを変わると同じく、すべての拘泥《こうでい》を超絶したる活気である。古今来《ここんらい》を空《むな》しゅうして、東西位《とうざいい》を尽《つ》くしたる世界のほかなる世界に片足を踏み込んでこそ――それでなければ化石《かせき》になりたい。赤も吸い、青も吸い、黄も紫《むらさき》も吸い尽くして、元の五彩に還《かえ》す事を知らぬ真黒な化石になりたい。それでなければ死んで見たい。死は万事の終である。また万事の始めである。時を積んで日となすとも、日を積んで月となすとも、月を積んで年となすとも、詮《せん》ずるにすべてを積んで墓となすに過ぎぬ。墓の此方側《こちらがわ》なるすべてのいさくさは、肉|一重《ひとえ》の垣に隔《へだ》てられた因果《いんが》に、枯れ果てたる骸骨にいら
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