燐寸《マッチ》を擦《す》る事|一寸《いっすん》にして火は闇《やみ》に入る。幾段の彩錦《さいきん》を捲《めく》り終れば無地の境《さかい》をなす。春興は二人《ににん》の青年に尽きた。狐の袖無《ちゃんちゃん》を着て天下を行くものは、日記を懐《ふところ》にして百年の憂《うれい》を抱《いだ》くものと共に帰程《きてい》に上《のぼ》る。
 古き寺、古き社《やしろ》、神の森、仏の丘を掩《おお》うて、いそぐ事を解《げ》せぬ京の日はようやく暮れた。倦怠《けた》るい夕べである。消えて行くすべてのものの上に、星ばかり取り残されて、それすらも判然《はき》とは映らぬ。瞬《またた》くも嬾《ものう》き空の中にどろんと溶けて行こうとする。過去はこの眠れる奥から動き出す。
 一人《いちにん》の一生には百の世界がある。ある時は土の世界に入り、ある時は風の世界に動く。またある時は血の世界に腥《なまぐさ》き雨を浴びる。一人の世界を方寸に纏《まと》めたる団子《だんし》と、他の清濁を混じたる団子と、層々|相連《あいつらな》って千人に千個の実世界を活現する。個々の世界は個々の中心を因果《いんが》の交叉点に据えて分相応の円周を右に
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