るんですよ」
「無精《ぶしょう》に似合わない事ね。何と」
「隣家《となり》の琴は御前より旨《うま》いって」
「ホホホ一さんに琴の批評は出来そうもありませんね」
「私にあてつけたんでしょう。琴がまずいから」
「ハハハハ宗近君もだいぶ人の悪い事をしますね」
「しかも、御前より別嬪《べっぴん》だと書いてあるんです。にくらしいわね」
「一さんは何でも露骨なんですよ。私なんぞも一さんに逢《あ》っちゃ叶《かな》わない」
「でも、あなたの事は褒《ほ》めてありますよ」
「おや、何と」
「御前より別嬪《べっぴん》だ、しかし藤尾さんより悪いって」
「まあ、いやだ事」
 藤尾は得意と軽侮の念を交《まじ》えたる眼を輝かして、すらりと首を後《うし》ろに引く。鬣《たてがみ》に比すべきものの波を起すばかりに見えたるなかに、玉虫貝の菫《すみれ》のみが星のごとく可憐《かれん》の光を放つ。
 小野さんの眼と藤尾の眼はこの時再び合った。糸子には意味が通ぜぬ。
「小野さん三条《さんじょう》に蔦屋《つたや》と云う宿屋がござんすか」
 底知れぬ黒き眼のなかに我を忘れて、縋《すが》る未来に全く吸い込まれたる人は、刹那《せつな》の戸
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