大きな声で笑ったやりやした。すると作蔵君はよほど仰天《ぎょうてん》したと見えやして助けてくれ、助けてくれと褌を置去りにして一生懸命に逃げ出しやした……」
「こいつあ旨《うめ》え、しかし狸が作蔵の褌をとって何にするだろう」
「大方|睾丸《きんたま》でもつつむ気だろう」
 アハハハハと皆《みんな》一度に笑う。余も吹き出しそうになったので職人はちょっと髪剃を顔からはずす。
「面白《おもしれ》え、あとを読みねえ」と源さん大《おおい》に乗気になる。
「俗人は拙が作蔵を婆化したように云う奴でげすが、そりゃちと無理でげしょう。作蔵君は婆化されよう、婆化されようとして源兵衛村をのそのそしているのでげす。その婆化されようと云う作蔵君の御注文に応じて拙《せつ》がちょっと婆化《ばか》して上げたまでの事でげす。すべて狸一派のやり口は今日《こんにち》開業医の用いておりやす催眠術でげして、昔からこの手でだいぶ大方《たいほう》の諸君子をごまかしたものでげす。西洋の狸から直伝《じきでん》に輸入致した術を催眠法とか唱《とな》え、これを応用する連中を先生などと崇《あが》めるのは全く西洋心酔の結果で拙などはひそかに慨嘆《が
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