てある本だがね」
「一人で笑っていねえで少し読んで聞かせねえ」と源さんは松さんに請求する。松さんは大きな声で一節を読み上げる。
「狸《たぬき》が人を婆化《ばか》すと云いやすけれど、何で狸が婆化しやしょう。ありゃみんな催眠術《さいみんじゅつ》でげす……」
「なるほど妙な本だね」と源さんは煙《けむ》に捲《ま》かれている。
「拙《せつ》が一|返《ぺん》古榎《ふるえのき》になった事がありやす、ところへ源兵衛村の作蔵《さくぞう》と云う若い衆《しゅ》が首を縊《くく》りに来やした……」
「何だい狸が何か云ってるのか」
「どうもそうらしいね」
「それじゃ狸のこせえた本じゃねえか――人を馬鹿にしやがる――それから?」
「拙が腕をニューと出している所へ古褌《ふるふんどし》を懸《か》けやした――随分|臭《くそ》うげしたよ――……」
「狸の癖にいやに贅沢《ぜいたく》を云うぜ」
「肥桶《こいたご》を台にしてぶらりと下がる途端拙はわざと腕をぐにゃりと卸《お》ろしてやりやしたので作蔵君は首を縊り損《そこな》ってまごまごしておりやす。ここだと思いやしたから急に榎《えのき》の姿を隠してアハハハハと源兵衛村中へ響くほどな
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