んだねえ」と余の顋《あご》をつまんで髪剃《かみそり》を逆《ぎゃく》に持ちながらちょっと火鉢の方を見る。
 源さんは火鉢の傍《そば》に陣取って将棊盤《しょうぎばん》の上で金銀二枚をしきりにパチつかせていたが「本当にさ、幽霊だの亡者《もうじゃ》だのって、そりゃ御前、昔《むか》しの事だあな。電気灯のつく今日《こんにち》そんな箆棒《べらぼう》な話しがある訳がねえからな」と王様の肩へ飛車を載せて見る。「おい由公御前こうやって駒を十枚積んで見ねえか、積めたら安宅鮓《あたかずし》を十銭|奢《おご》ってやるぜ」
 一本歯の高足駄を穿《は》いた下剃《したぞり》の小僧が「鮓《すし》じゃいやだ、幽霊を見せてくれたら、積んで見せらあ」と洗濯したてのタウエルを畳みながら笑っている。
「幽霊も由公にまで馬鹿にされるくらいだから幅は利《き》かない訳さね」と余の揉《も》み上げを米噛《こめか》みのあたりからぞきりと切り落す。
「あんまり短かかあないか」
「近頃はみんなこのくらいです。揉み上げの長いのはにやけ[#「にやけ」に傍点]てておかしいもんです。――なあに、みんな神経さ。自分の心に恐《こわ》いと思うから自然幽霊だっ
前へ 次へ
全51ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング