う。
「僕は廃《よ》してもいいが婆さんが承知しないから困る。そんな事は一々聞かないでもいいから好加減《いいかげん》にしてくれと云うと、どう致しまして、奥様の入《い》らっしゃらない御家《おうち》で、御台所を預かっております以上は一銭一厘でも間違いがあってはなりません、てって頑《がん》として主人の云う事を聞かないんだからね」
「それじゃあ、ただうんうん云って聞いてる振《ふり》をしていりゃよかろう」津田君は外部の刺激のいかんに関せず心は自由に働き得ると考えているらしい。心理学者にも似合しからぬ事だ。
「しかしそれだけじゃないのだからな。精細なる会計報告が済むと、今度は翌日《あす》の御菜《おかず》について綿密な指揮を仰ぐのだから弱る」
「見計《みはか》らって調理《こしら》えろと云えば好いじゃないか」
「ところが当人見計らうだけに、御菜に関して明瞭なる観念がないのだから仕方がない」
「それじゃ君が云い付けるさ。御菜のプログラムぐらい訳《わけ》ないじゃないか」
「それが容易《たやす》く出来るくらいなら苦にゃならないさ。僕だって御菜上の智識はすこぶる乏《とぼ》しいやね。明日《あした》の御みおつけ[#
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