「みおつけ」に傍点]の実《み》は何に致しましょうとくると、最初から即答は出来ない男なんだから……」
「何だい御みおつけ[#「みおつけ」に傍点]と云うのは」
「味噌汁の事さ。東京の婆さんだから、東京流に御みおつけ[#「みおつけ」に傍点]と云うのだ。まずその汁の実を何に致しましょうと聞かれると、実になり得べき者を秩序正しく並べた上で選択をしなければならんだろう。一々考え出すのが第一の困難で、考え出した品物について取捨をするのが第二の困難だ」
「そんな困難をして飯を食ってるのは情ない訳だ、君が特別に数奇《すき》なものが無いから困難なんだよ。二個以上の物体を同等の程度で好悪《こうお》するときは決断力の上に遅鈍なる影響を与えるのが原則だ」とまた分り切った事をわざわざむずかしくしてしまう。
「味噌汁の実まで相談するかと思うと、妙なところへ干渉するよ」
「へえ、やはり食物上にかね」
「うん、毎朝梅干に白砂糖を懸《か》けて来て是非《ぜひ》一つ食えッて云うんだがね。これを食わないと婆さんすこぶる御機嫌が悪いのさ」
「食えばどうかするのかい」
「何でも厄病除《やくびょうよけ》のまじないだそうだ。そうして婆
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