じ事で御座いますよ。婆《ばあ》やなどは犬の遠吠でよく分ります。論より証拠これは何かあるなと思うとはずれた事が御座いませんもの」
「そうかい」
「年寄の云う事は馬鹿に出来ません」
「そりゃ無論馬鹿には出来んさ。馬鹿に出来んのは僕もよく知っているさ。だから何も御前を――しかし遠吠がそんなに、よく当るものかな」
「まだ婆やの申す事を疑《うたぐ》っていらっしゃる。何でもよろしゅう御座いますから明朝《みょうあさ》四谷へ行って御覧遊ばせ、きっと何か御座いますよ、婆やが受合いますから」
「きっと何かあっちゃ厭《いや》だな。どうか工夫はあるまいか」
「それだから早く御越し遊ばせと申し上げるのに、あなたが余り剛情を御張り遊ばすものだから――」
「これから剛情はやめるよ。――ともかくあした早く四谷へ行って見る事にしよう。今夜これから行っても好いが……」
「今夜いらしっちゃ、婆やは御留守居は出来ません」
「なぜ?」
「なぜって、気味《きび》が悪くっていても起《た》ってもいられませんもの」
「それでも御前が四谷の事を心配しているんじゃないか」
「心配は致しておりますが、私だって怖しゅう御座いますから」
折か
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