》から申し上げた犬で御座います」
「犬?」
「ええ、遠吠《とおぼえ》で御座います。私が申し上げた通りに遊ばせば、こんな事にはならないで済んだんで御座いますのに、あなたが婆さんの迷信だなんて、あんまり人を馬鹿に遊ばすものですから……」
「こんな事にもあんな事にも、まだ何にも起らないじゃないか」
「いえ、そうでは御座いません、旦那様も御帰り遊ばす途中御嬢様の御病気の事を考えていらしったに相違御座いません」と婆さんずばと図星《ずぼし》を刺す。寒い刃《は》が闇に閃《ひら》めいてひやりと胸打《むねうち》を喰わせられたような心持がする。
「それは心配して来たに相違ないさ」
「それ御覧遊ばせ、やっぱり虫が知らせるので御座います」
「婆さん虫が知らせるなんて事が本当にあるものかな、御前そんな経験をした事があるのかい」
「あるだんじゃ御座いません。昔しから人が烏《からす》鳴《な》きが悪いとか何とか善《よ》く申すじゃ御座いませんか」
「なるほど烏鳴きは聞いたようだが、犬の遠吠は御前一人のようだが――」
「いいえ、あなた」と婆さんは大軽蔑《だいけいべつ》の口調《くちょう》で余の疑《うたがい》を否定する。「同
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