石川の奥まで帰るのだから研究は愚か、自分が幽霊になりそうなくらいさ、考えると心細くなってしまう」
「そうだったね、つい忘れていた。どうだい新世帯《しんじょたい》の味は。一戸を構えると自《おのず》から主人らしい心持がするかね」と津田君は幽霊を研究するだけあって心理作用に立ち入った質問をする。
「あんまり主人らしい心持もしないさ。やっぱり下宿の方が気楽でいいようだ。あれでも万事整頓していたら旦那《だんな》の心持と云う特別な心持になれるかも知れんが、何しろ真鍮《しんちゅう》の薬缶《やかん》で湯を沸《わ》かしたり、ブリッキの金盥《かなだらい》で顔を洗ってる内は主人らしくないからな」と実際のところを白状する。
「それでも主人さ。これが俺のうちだと思えば何となく愉快だろう。所有と云う事と愛惜《あいせき》という事は大抵の場合において伴なうのが原則だから」と津田君は心理学的に人の心を説明してくれる。学者と云うものは頼みもせぬ事を一々説明してくれる[#「くれる」に傍点]者である。
「俺の家《うち》だと思えばどうか知らんが、てんで俺の家《うち》だと思いたくないんだからね。そりゃ名前だけは主人に違いないさ。
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