切れば善《よ》かったと思う。津田君はこの笑を何と聞いたか知らん。再び口を開《ひら》いた時は依然として以前の調子である。
「いや実はこう云う話がある。ついこの間の事だが、僕の親戚の者がやはりインフルエンザに罹《かか》ってね。別段の事はないと思って好加減《いいかげん》にして置いたら、一週間目から肺炎に変じて、とうとう一箇月立たない内に死んでしまった。その時医者の話さ。この頃のインフルエンザは性《たち》が悪い、じきに肺炎になるから用心をせんといかんと云ったが――実に夢のようさ。可哀《かわい》そうでね」と言い掛けて厭《いや》な寒い顔をする。
「へえ、それは飛んだ事だった。どうしてまた肺炎などに変じたのだ」と心配だから参考のため聞いて置く気になる。
「どうしてって、別段の事情もないのだが――それだから君のも注意せんといかんと云うのさ」
「本当だね」と余は満腹の真面目《まじめ》をこの四文字に籠《こ》めて、津田君の眼の中を熱心に覗《のぞ》き込んだ。津田君はまだ寒い顔をしている。
「いやだいやだ、考えてもいやだ。二十二や三で死んでは実につまらんからね。しかも所天《おっと》は戦争に行ってるんだから――」
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