「ところへもって来て僕の未来の細君が風邪《かぜ》を引いたんだね。ちょうど婆さんの御誂《おあつら》え通りに事件が輻輳《ふくそう》したからたまらない」
「それでも宇野の御嬢さんはまだ四谷にいるんだから心配せんでもよさそうなものだ」
「それを心配するから迷信|婆々《ばばあ》さ、あなたが御移りにならんと御嬢様の御病気がはやく御全快になりませんから是非この月|中《じゅう》に方角のいい所へ御転宅遊ばせと云う訳さ。飛んだ預言者《よげんしゃ》に捕《つら》まって、大迷惑だ」
「移るのもいいかも知れんよ」
「馬鹿あ言ってら、この間越したばかりだね。そんなにたびたび引越しをしたら身代限《しんだいかぎり》をするばかりだ」
「しかし病人は大丈夫かい」
「君まで妙な事を言うぜ。少々伝通院の坊主にかぶれて来たんじゃないか。そんなに人を威嚇《おど》かすもんじゃない」
「威嚇《おど》かすんじゃない、大丈夫かと聞くんだ。これでも君の妻君の身の上を心配したつもりなんだよ」
「大丈夫にきまってるさ。咳嗽《せき》は少し出るがインフルエンザなんだもの」
「インフルエンザ?」と津田君は突然余を驚かすほどな大きな声を出す。今度は本当
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